市中の山居・千利休記念館構想

1 歴史、文化都市・堺再生への視座

旧市街地は度重なる戦災のため、史跡はほとんど残されていない。歴史、文化都市・堺の再生は歴史的な事実と文化・芸能を手がかりとした全国的に類を見ない創造的な町づくりである。このような特徴を持つ堺の町づくりには、堺市民が合意できる長期のしっかりとした歴史、文化都市・堺の将来構想が必要である。



2 旧市立病院跡地の整備

土居川・内川に囲まれる旧市街地は、堺の豊かな歴史、文化が蓄積されている。今後の堺の町づくりは、堺の歴史、文化を都市再生の資源とする視点が大事である。とりわけ武野紹鴎、千利休等の多くの茶人を輩出し、わび茶を完成させた茶の湯のメッカ・旧市街地は重要な都市資源である。

現在、旧市立病院跡地をどのように整備するかが、堺の町づくりの重要な課題である。
旧市立病院跡地は、千利休屋敷跡に隣接することから、茶の湯と千利休に関する整備が構想される。



3 構想の概要

.千利休屋敷跡は、表千家の利休堂及び道安座敷の写しを配置して、わび茶の開祖・千利休を讃える。

2.旧市立病院跡地は以下の構想とする。



1)市中の山居

武野紹鴎や千利休等の茶人が活躍した時代は、堺が歴史的に最も輝き、魅力に満ちていた。しかし一方で、急激な都市化が進み自然やうるおいの少ない町であった。堺の茶人は茶室を取りまく裏庭を山里の風情に演出し、それを「市中の山居」と呼んで観照した。

現在の旧市街地は自然やうるおいが少なく、町の魅力に欠けている。旧市立病院跡地は山里として演出した「市中の山居」とし、堺の歴史的な町づくりの精神を回復する。



2)千利休記念館

千利休に関する資料を集めた展示室、市民が日常的に茶の湯に親しむ立礼席・稽古場、お茶会のための三千家の写しの茶室等を配した千利休記念館を整備する。



3)堺千家の復興

千利休の嫡男は千道安であるが、利休の後妻の連れ子・少庵によって京都の三千家が引き継がれている。堺千家は道安一代である。しかし、道安の流派は、大和小泉の慈光院で石州流として継承されている。利休は亡くなる前、堺に対する愛着、想いが深かったと言われている。

堺市民の茶の湯の文化を高めるとともに、三千家と石州流の慈光院のお力添えを得て、堺千家を再興する。
堺千家の再興は、それを支える多くの職人が必要で、地場産業の発展にも繋がる。